令和6年度奈良女子大学入学式 学長式辞
奈良女子大学新入生の皆さん、ご入学、おめでとうございます。ご家族並びに関係者の皆様もお喜びのこととお祝い申し上げます。
新入生の皆さんは今、これから始まる大学生活にどんな姿勢で臨もうとされていらっしゃるでしょうか。高等学校から進学された方々は、おそらく、これまでの学生生活とはかなり異なる修学システムの下で勉学研究に従事されることになり、戸惑われることも出てくるかと思います。大学での諸活動は、「自分で決めて自分で行動する」ことが基本ですが、それを踏まえた上で、ご家族はもとより、ぜひ、同級生や在学生、そして大学教職員など、周りの方々と積極的にコミュニケーションを取り、その様な方々の力も借りながら、大学生活を意欲的・活動的で有意義なものにしていただければと願っております。
現代の日本そして世界は、急速な情報化の進展に伴って、急激で激しい社会変化が起きる時代となってきました。このような変化の激しい世の中に適応していくのはなかなか大変なことですが、このような変化の激しい時代にこそ、自分が何を大切に考えるか、自分の信念は何か、が大切になるように思います。そのようなものをこの大学4年間でぜひ、確立・獲得してもらえたらと願っております。
私は1959年に生まれましたので、生を受けてこの方、ここにいらっしゃる多くの新入生の方々の3倍以上の歳月を過ごしてきたことになります。その間には、東大紛争に象徴される1960年代の学生運動・大学紛争、1989年のベルリンの壁の崩壊、1995年の阪神淡路大震災、2011年東日本大震災と原発事故、2020年から23年までの新型コロナウイルス_パンデミック、2022年に始まったロシア・ウクライナ戦争などなど、自分が想像もできなかったような世界の劇的な変化を目の当たりにしてきました。それらは良いことばかりではありませんでしたが、高度経済成長期に著しく悪化した日本の自然環境が、経済成長の鈍化と環境意識の高まりとともに劇的に改善してゆく過程や、東西冷戦の終結など、絶望的と思えたような事象でも、状況が劇的に改善される現場も目にしてきました。つまり、長く生きていれば自分が想像もできなかったような世界を目にしたり、体験・経験できる可能性があるということです。
「時薬(ときぐすり)」「日にち薬」という言葉があるのを御存知でしょうか。「時は全てを癒してくれる」とか、時間が経過することで物事が解決することがある、という意味合いを含む言葉です。いくらお金を持っていても、直接、時間そのものを買って、人の寿命を延ばすことはできません。これからの皆さんの人生には、自分にとって良いことも、逆に好ましくないことも待ち構えていることでしょう。自分が何かの困難に遭遇した時、自分のみならず、家族の方々、友人、本学の教職員、その他色々な方の助けも借りながら、その困難さに立ち向かう場面がでてくるかも知れません。しかし、そのような様々な努力を積み重ねても、なお、その困難さが完全には解消されないような場合も出てくるかも知れません。そのような場合でも、皆さんの人生には、この“時間”という魔法のようなものが常に並走しており、時には、それこそ「時が解決してくれる」場合もあるのだということを、ぜひ、覚えておいていただけたらと思います。
私は奈良女子大学に着任してすぐに、日本の南極観測隊に参加したことがありますが、その時一緒になった、ペンギンの調査を行っている女性研究者の方から面白い話を聞いたことがあります。南極のペンギンは、普段、集団を構成して生活していますが、そういう集団の近くに、人間のような見慣れない生物が近づくと、最初に興味を示し近寄って来るのは、子供のペンギンなのだそうです。そして、その次に近寄ってくるのが、子育てをしている雌ペンギン、そして若い雌ペンギン、雄ペンギンとつづき、一番最後が壮年期のペンギンたちなのだそうです。動物の種類や暮らしている環境条件の違いなどにもよるでしょうが、この話は、何か人間集団における人々の振る舞いにも、似ている点があるのではないかという気がしました。
みなさんは、若さ、ただし個人的には、この若さには生物学的な年齢とともに、精神的な若さのようなものも大いに含まれると思いますが、そのような若さをお持ちで、それが故に、既に多くの好奇心を既に備えていらっしゃると思います。そして好むと好まざるに拘わらず、日本社会の至るところで構築されてきた男性中心的社会システムの中で、マイノリティー的立場から物事を批判的に見ざるを得ない、あるいは常識を疑わざるを得ない、ということも経験される、あるいはされてきたことでしょう。大学でみなさんが取り組む研究活動においては、独創性、オリジナリティーが必要不可欠です。そしてこのオリジナリティーを生み出す原動力となるのは、未知なるものに対する好奇心と常識に囚われずに1歩を踏み出す勇気、そして行動力・実行力です。したがって、既に皆さんがお持ちの好奇心と批判的思考に、勇気と行動力・実行力を加えることができれば、実りある研究活動や社会貢献が可能となることでしょう。
先に述べましたように、残念ながら現在の日本社会では、男性と比べ、女性が暮らし易い社会環境が構築されているとは必ずしも言い難い面が色々と存在しています。世界経済フォーラムが発表している、男女格差の現状を評価した「Global Gender Gap Report」2023年版で、日本のジェンダーギャップ指数は146カ国中125位でした。これは、2006年の公表開始以来、最低の順位で、改めて日本社会において男女格差が埋まっていないことが示されています。このような格差の解消については、男女を問わず、日本社会を構築するすべての人々の努力が必要ですが、女性自身の行動・活動も大きなカギを握るであろうことは言うまでもないことかと思います。
今日から奈良女子大学の一員になられた皆さんは、ある面では、授業料を払って大学が提供する各種の教育・学術研究分野のサービスを受ける立場になられたという見方ができるかも知れません。しかしその一方で、税金の補助を受けて、その授業料を上回る勉学研究環境を優先的に利用できる立場を獲得したのだ、という見方もできます。後者の立場から考えれば、本学に皆さんが入学したということは、皆さん個々人のために勉学・研究するだけではなく、その勉学・研究の成果を少しでも社会に還元する責務をも負うことになったのだということになります。新入生の皆さんには、ぜひ、このような自覚を持ってこの4年間を過ごし、自分なりの方法で世の中に貢献できる社会人に成長していただけたらと願っております。みなさんの力で、更に活気の溢れるキャンパスが出現することを期待して、歓迎の言葉といたします。
令和6年4月4日
奈良女子大学長 高田将志