平成29年10月大学院入学宣誓式を挙行しました
皆様、奈良女子大学の大学院人間文化研究科にご入学おめでとうございます。大学の教職員一同は、皆さまのご入学を歓迎いたします。また、本日の皆さまのご入学をお喜びのご家族、ご親族の方々に心からお祝い申し上げます。入学者は博士前期課程17名、博士後期課程3名です。合計20名です。
さて、学士課程の4年間は、多くの場合青春の迷い道にトラップされます。プライドとの格闘で、自分のプライドとうまく付き合う術を手に入れるまで時間がかかることがあります。博士前期課程、博士後期課程と進むにつれ、霧が晴れるように自分の進む道が見えることがあります。皆さんは大学院に入学されたのですから、既にそのような経験をお持ちでしょう。自分の進む道が分かったとして、次に大切なのは学問上の業績になります。
あなた方は学問上の専門家の入り口にいます。幸福を得るチャンスは人によらず平等に訪れますが、チャンスは、準備をした者のみに微笑むと言われます。パスツールの言葉で「チャンスは準備された心に味方するChance favors the prepared mind.」という言葉が有名です。私の尊敬する人で、既に亡くなったのですが、スポーツ用品や靴のメーカーで「アシックス」の創業者である鬼塚さんがいます。アシックスはナイキの先輩で靴に機能を持たせた世界最初の会社です。その鬼塚さんが準備をするということはどういうことかを、次のように言っています。人は誰でも成功して幸せになりたいと願望する。それには、善なる目標を立てなさいといいます。利己的でない善なる目標は、使命感につながり、使命感は自己肯定につながる。これが、苦しいときの忍耐力となる。このような前向きの姿を貫くとき、チャンスが微笑むと教えています。
研究の場合、創造の喜び、発見の喜び、何物にも代えがたい歓喜が時に舞い降りるものです。皆さんの1人でも多くが、この研究の喜びを味わってくれることを願っています。私よりほぼ100歳年上のフランスの大数学者ポアンカレはその瞬間をこう書いています。彼は徴兵され服役の直前でした。「ある日大通りを横切っているとき、以前私を遮っていた困難の解決が突然現れてきた。わたくしはすぐさまそれを深く究めようとつとめずに、服役を終えたのちはじめて問題にふたたび取りかかったのであった。すべての要素は手中にある。ただこれを集めて順序良く並べればよいのであった。故に、わたくしは仕上げの論文を一気に何の苦もなく書き上げてしまった。」
さて話は変わりますが、昨年の入学式で次の話をしました。『日本のチェスである「将棋」の世界に大異変が起こっています。江戸時代から400年の歴史を持ち、勝つことがすべての知的ボードゲームです。1年間に4人しかプロになれませんので、神童や天才と言われた人の集団が将棋界です。そのプロたちが、ほとんどのプロは「コンピュータ」に勝てないという状況に至っています。このことが「人工知能」という言葉をまた流行させています。』 昨年の入学式は10月3日でしたが、その2日前10月1日にプロになった中学生がいました。藤井四段です。強いコンピュータが存在することを前提にした、コンピュータに学ぶプロ棋士として登場し、29連勝という新記録を打ち立て国民的なヒーローになりました。将棋界はうまく新時代に乗り換えました。大学もまた、乗り越えなければならない危機があります。時代の変化が大変早くなっています。学んだことはすぐに陳腐化します。一方自分で考えたことは、一生の財産になります。そこに注意をしてください。
最後になります。日本の古都奈良の地には心をゆすぶる文化遺産がたくさんあります。この場所で、切磋琢磨され、知能・品格ともすばらしいリーダーに成長されることを祈念してお祝いの言葉といたします。
平成29年10月2日 奈良女子大学長 今岡春樹