平成29年度奈良女子大学大学院学位記授与式 学長式辞
博士前期課程168名、博士後期課程19名、合計187名の大学院修了生の皆さん、ご修了おめでとうございます。
前学長はじめ名誉教授の先生方、奈良佐保短期大学長、放送大学奈良学習センター所長、育友会会長にはご臨席を賜りまことにありがとうございます。奈良女子大学の教職員一同は、ご来賓の方々と共に、皆さま、本日ご同伴されましたご家族の方々、また各地で本日のご修了をお喜びのご親族の方々に、心よりお祝いを申し上げます。
「大学は、学術の中心として、高い教養と専門的能力を養うと共に、深く真理を探求して新たな知見を創造し、これらの成果を広く社会に提供することにより、社会の発展に寄与するものとする」これは、平成18年12月に改正された教育基本法における大学の役割です。昭和22年に施行された旧来の教育基本法にはこの項目はありませんでした。今から11年前に、大学が「奥の院」から現実に引き出された瞬間です。平成18年の12月に皆さんは何をしていましたか。平成19年から日本では人口の減少が始まっていますので、「大学よ、表に出てこの人口減少の危機に対処してくれ」というメッセージです。このメッセージの影響を強く受けたのが、皆さんの世代です。学問が学問として自立していたよき時代は過ぎました。
日本では現在50%の人が大学に進学します。男女比は大きくは違いません。大学院はまだ少数派です。男女25名ずつ同数の50人クラスで、大学院博士前期課程へ進学するのは男性2名、女性は1名です。真のエリートとしての活躍が期待されているわけです。
博士前期課程の修了者は、研究を主体的に行う方法を身につけたと思います。博士後期課程の修了者は、今後学者として大成できる可能性があるというレベルに到達しました。皆さんは「学問」の入り口に入られました。学問は人類がもつ最も崇高な能力です。その本質は、新たな発見あるいは新たな提案です。一昨年ノーベル医学生理学賞を受賞された大隅良典先生は「目的を重視した科学だけでなく、文化活動としての科学を育める社会を望む」と発言されています。本当にその通りで、役に立つことだけを考えると、新奇なアイデアは出ません。数学の中に架空の数として虚数があります。電気工学はこの虚数が大活躍します。約数を持たない素数はコンピュータネットワークの安全を守る暗号にとってなくてはならない存在になりました。しかし、これらの研究は役に立つことを期待して行われたものではありません。「やりたいことをやる」というのが今も昔も研究の原則です。
話題は変わりますが、修士は2年、博士は3年ですが、せっかく奈良という場所とご縁ができたのですから、是非学生時代の思い出を、奈良とリンクして記憶してください。正倉院展はご覧になりましたか。戦後打ちひしがれていた人々の心に希望と勇気を与えた奈良時代の宝物ですね。この宝物には人を思いやるという日本人の心の原点を見ることが出来ます。1300年もの前の古い調度品が残存している例は世界にありません。正倉院の宝物に見られるように、物質としてのものを大切にするのではなく、愛着としてのものを大切にする心がこの国の伝統です。3・11の東日本大震災は丁度7年前でした。修士の学生さんは高校生の時だったのでしょう。人間の力はか弱いものだと知りましたが、一方復興の活動を通じて日本人の人を思う力は強力であることも知りました。
学問の進歩は本来個人的な営みですが、近年は多くの人が協力して推進するタイプも増えてきました。一昨年人工知能が囲碁のプロを破ったことは新しい時代を予感させるものでした。価値のある論文を通じて社会に貢献すること、それが皆さんの使命です。そして学問のすばらしさを後輩に伝えていくことも重要です。
最後になりますが、奈良女子大学大学院人間文化研究科において切磋琢磨された皆さんが、知能・品格ともすばらしい指導者に成長されることを祈念してお祝いの言葉といたします。
平成30年3月23日 奈良女子大学長 今岡春樹