【ならじょ Today31 号掲載】
文学部 人文社会学科 歴史学コース
【研究テーマ】日本文化史
―― 先生の研究内容について教えてください。
私の研究分野を一言で言い表すと、日本文化史になります。具体的には、9世紀から11世紀にかけて仮名文字で文学作品が書かれ始める時期に、言葉について人はどのように考えていたのか、また平安京に住む人にとって、昔の都に当たる奈良がどのように捉えられていたのかという問題を通して、平安時代の人たちの言語や歴史についての意識を明らかにしていきたいと考えています。その他に、日本・日本人といったまとまりにも注目しています。そのようなまとまりが以前から変わらずに存在していた訳ではないとすれば、それらがどこからどのようにして生まれて来たのか、そしてどう変わっていったのかということについても研究しています。日本的な文化だと言われている国風文化の時代には、仮名文字で書かれた文学作品がたくさん誕生しました。そのような作品を手掛かりに、その時代の人々の日本に対する意識について知りたいということです。私達が当たり前だと思っていることも、歴史の中で変化しているのかもしれない、そして変化していることにはきっと意味があるに違いないと考えながら研究しています。
―― 歴史研究の魅力は何ですか?
歴史の研究は、資料を読むことが基本になります。文字資料以外にも土の中から発掘された物、絵画や彫刻、お寺や神社のような建築物も研究資料として挙げられます。自然が創り出している景観も、歴史に影響を与えたという意味では重要な資料の一つです。私の場合は平安時代を中心に研究しているので、主に国家が編纂した歴史書、法令や行政関係の文書を読みますが、それに加えて貴族が書いた日記や文学作品も読んでいます。時代が新しくなると今まで知られていなかった資料が発見されることもありますが、私が対象としている時代では新しい資料が見つかることはほとんどありません。つまり、その時代を研究している人は皆、同じ資料を読むことになります。そうすると、資料に書いてあることをまとめるだけでは研究になりません。資料を使ってどのような歴史を描くのかということが鍵になってきます。限られた資料の中から当時の人の思いなど様々なものを汲み取って、どれだけ豊かな歴史像を描けるかが問われるため、その時代の人の考えが理解できたと思える時や、全く関係なさそうなできごとが結びついた時がとても楽しいです。そのような瞬間は多くはありませんが、そこに歴史学の面白さがあるように思います。
―― 歴史研究についてどのようにお考えですか?
過去を見る人間が変わればそこから汲み取るものも変わってきます。歴史を通して考えたいことが各々にあるからこそ、違うものが見えてくるのだろうと思います。あらゆる研究の根底には、人間や人間がつくりだす社会をもっと深く知りたいという思いがあるのでしょう。それはつまり、自分自身について知りたいということでもあるような気がします。その手段として自分自身の体験や経験にとことんこだわっていく方法や、今の社会を詳しく分析するといった方法など、様々ありますが、私は今だけではなくもっと違った時代の人たちのことも知りたいのです。歴史の研究を通して、今と昔で変化していることと、変化していないことの両方を知ることによって、人間について深く理解できるのではないかと思っています。
―― 歴史を通して考えたいテーマは何ですか?
改めて考えてみると、「人と人はどうしたらより良い形で繋がることができるのか」がテーマになっているような気がします。私は何者なのかと問いかけてみると、何が私であるという判断基準になるのかという疑問が生じませんか。他の人々を思い浮かべ、その中で自分について考えようとしませんか。人間が集団を作る際の基準は何であり、それは変えられるのかどうか、先ほど述べた日本や日本人といった集団は何をもって成り立つのかを意識しながら研究していきたいと考えています。
―― 一番印象に残っている研究についてお聞かせください
それぞれ思い入れはありますが、一つの区切りになったと思えるものは国風文化についての論文です。そもそも「国風」は、平安時代の人達が使っていた言葉であるため、どのような思いを込めてその言葉を使ったのか、そこに込められた意味は何だったのかを考えると、当時の文化の性格が分かるのではないかと考えました。「国風」は中国から伝わった言葉で、本来は地域、今でいう国よりも小規模な地域ごとの歌謡を意味していました。平安時代初期には、日本でもそのような意味合いで使われていたのですが、平安時代中期から日本の風習といった意味でも使われるようになります。そのような意味の変化から、天皇が治めている範囲には共通する風習があるということを主張したかったのではないか、つまり平安時代の人々は風習に日本人としてのまとまりを求めたのではないかと考えました。そのことを論文にまとめる際に、外交関係の資料や貴族の家系図をまとめた書物など、文化とは直接関係がなさそうに思える資料も活用したことにより、文化だけに注目していては見えなかった、これまでにない国風文化像を描くことができたのではないかと思います。
―― 授業を通して学生に伝えたいことは何ですか?
実際に歴史の舞台に立ってみることが重要だと考え、歴史学コースでは歴史学実習という授業で毎年必ずどこかに出掛けています。しかし、その場所を見るだけでは完結せず、そこで感じたことを資料を読む時にどう活かすのかが大切になってきます。そこに立った時に感じる何かを千年前の人も感じていたのかもしれないと思う、その体験は、歴史の研究において決して無駄ではないと思います。また、研究することは面白いと思ってもらえるような機会を提供できたらと考えています。歴史を研究している人はとても楽しそうで、きっとここに何か大事なものがあるに違いない、だからそれを自分も考えたい、理解したいと思ってもらえるような授業をすることを日々目指しています。
―― 最後に高校生の方ヘメッセージをお願いします
歴史は高校の授業科目になっているので、大学での歴史研究もその延長線上に思い描かれているのではないでしょうか。社会学や心理学など大学で新しく出会う学問に対しては、どのような学問だろうと関心を持たれるでしょう。しかし、これまでに学んだことのあるものについては、たとえば歴史が好きだったから大学でも歴史の勉強をする、嫌いだったから別のことをするというように、あらかじめ判断してしまいがちです。学問の可能性を狭めずに、先入観を捨てて、大学にはどのような学問があるのだろう、学問するとはどういうことなのだろうかということを感じ取ってもらい、その中から自分の問いを探して、それについて考え続けていただきたいと思います。