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ビッグバン直後の宇宙を再現する:
クォーク・グルーオンプラズマ研究

【ならじょ Today44 号掲載】

下村 真弥

下村先生

理学部 数物科学科 物理学コース

【研究テーマ】クォーク・グルーオンプラズマ研究 

―― 先生の研究されているクォーク・グルーオンプラズマとは何ですか
 クォーク・グルーオンプラズマ(以下QGP)は、ビッグバン直後の宇宙に存在したとされる物質です。宇宙誕生直後にあったと考えられており、私たちは巨大な加速器で原子核を衝突させて、この物質を実験室で再現しようとしています。実験では、アメリカのブルックヘブン国立研究所のRHICやヨーロッパのセルン研究所のLHCと呼ばれる大型加速器を用い、原子核を光速近くまで加速して正面衝突させます。その瞬間、極めて高いエネルギーが狭い空間に集中し、QGPの状態が一時的に作り出されます。この実験は、宇宙誕生の瞬間を再現する貴重な機会となっています。

―― 原子とクォークについて
 原子は、中心の原子核とその周りを回る電子でできています。原子核は非常に小さく、原子の質量の大部分を占め、陽子と中性子から構成されます。これらはさらに小さな粒子、クォークから成り立っています。クォークは物質の最小単位とされ、その性質を理解することが研究の重要な目標です。クォークはグルーオンという粒子で強く結びついており、常に2つ以上でペアを形成しています。クォークを単独で取り出すことはできず、引き離そうとすると新しいクォークが生まれます。
 巨大な加速器で原子核を衝突させると、QGPが生成され、クォークやグルーオンの性質を詳しく調べることが可能になります。
 研究では、QGPの性質、特にその流体的性質や粘性などを調べています。また、クォークがQGPの中を通過する際にどれほどのエネルギーを失うのかも測定しています。これにより、ビッグバン直後の宇宙の性質について、新たな知見を得ることもできると考えています。

―― 留学経験はご自身の研究や考え方にどのような影響を与えましたか
 学部3回生の時、英語が得意でなかったため、将来のために思い切ってアメリカ留学を決意しました。最初は語学留学として半年間英語を学び、その後、現地の大学に編入し物理の授業を受けることを目標にしました。留学は私の人生の中で最もやって良かったことの一つです。異なる文化や価値観に触れることができ、考え方の幅が広がりました。それが後々、国際的な実験や他国の研究者と議論する際に非常に役立っています。
 若いうちに外国に行くことで、英語力以上に、全く違う文化や常識を持つ人々と接し、自分の視野や考え方を広げられました。

―― 研究と家庭の両立について伺ってもよろしいですか
 私たちの実験はアメリカやヨーロッパの大型装置を使用するため、実験に参加する際は泊まりがけの出張になります。そのため、夫と私で子どもたちのサポートを分担し、研究と家庭を両立させています。夫も同じ分野の研究者なので、お互いの状況を理解し合いながらやりくりしています。現在、夫は長期でアメリカに行っているので、私は3人の子どもを育てながら研究に取り組んでいます。

―― 子育てと仕事のバランスについて、日本と海外でどのような違いを感じられていますか
 アメリカでは子育てを第一に考える文化が強く、男性も積極的に育児に関わります。日本では、子育てに対する期待がまだ性別によって分かれていると感じます。日本で男性が育児のために休むと驚かれることがありますが、海外ではその考え方がもっと自然に受け入れられています。子育てと仕事を両立できる環境を整えることは非常に重要だと思います。

―― 大学院で学ぶ魅力は何ですか
 大学院ではまだ誰も答えを知らないことを自分で調べ、研究できます。学部4回生までの実験では、すでに答えがわかっていることを確認するものが多く、実験の練習という側面が強いです。しかし大学院では自分でテーマを設定し、課題解決に取り組むことで未知の問題に挑戦する方法を学びます。特に修士課程では、2年間かけて新しい知識を深め、本格的な研究を進めます。学部の卒業研究でも未知の課題に取り組みますが、期間が短く入り口段階です。一方、大学院では時間をかけて未知の領域に挑戦し、論理的思考を鍛えることができます。これは研究者としてだけでなく、社会に出てからも役立つ重要なスキルです。

―― 奈良女子大学で物理学を学ぶ魅力は何ですか
 奈良女子大学で物理学を学ぶ魅力の一つは、女性が主体的に学び、研究できる環境があることです。物理学の分野は男性が9割を占め、無意識に役割が固定されることもあります。しかし、本学ではリーダーやサポート役が性別に関係なく適性で自然に決まるため、性別にとらわれず純粋に物理学に向き合えます。また、教員と学生の距離が近く、特に大学院では少人数制の中で丁寧な指導が受けられる点も魅力です。学生一人ひとりをしっかり育てようとする姿勢があり、研究に集中できる環境が整っています。こうした手厚いサポートの元、物理学を深く探究できることが、本学ならではの特長です。

―― 先生がQGPの研究をしようと思われたきっかけは何ですか
 この質問、実は結構難しいんです。もともと原子力やエネルギーに興味があり、それに関連する分野として原子核に関心を持ちました。4回生の時には原子核の研究室に所属しましたが、奈良女子大学には原子力の研究室はありませんでした。そんな中、先生方からいろいろな研究の話を聞く機会があり、その中で「QGPを作る」という研究に興味を持ちました。最初から「これがやりたい!」と決めていたわけではなく、いくつかの研究を見た中で「一番面白そう」と感じたんですよね。それから研究を続けていくうちに、気がつけば今の職についていた、という感じです。研究者になれるかどうかもわからないまま、続けてきたらここにいた、というのが実際のところですね。

―― 研究者になることに悩まれたことはありましたか
 博士論文の執筆中、「このままでいいのかな?」と悩み、民間への就職活動を少し行いましたが、その結果やっぱり研究を続けたいとの結論に至りました。研究者になれると自信を持っていたわけでは全くありませんが、不安を抱えつつも「なんとかなるだろう」と感じていたように思います。今では、当時よりも修士・博士の価値は高まっており、進学できるなら少なくとも修士課程までは行くことを勧めます。理系・文系の違いはあるかもしれませんが、研究を通じて身につく論理的思考や問題解決力はどんな分野でも役立つと感じています。たとえば、QGPの知識が他分野で直接役立つとは限りませんが、研究過程で養った考える力や解決力こそが本質的な価値だと実感しています。

―― 奈良女子大学・大学院で物理学を学びたい学生へメッセージをお願いします
 奈良女子大学・大学院では、魅力的で多様な研究の機会が豊富にあります。特に私たちの分野では、国際的な実験に参加でき、様々な知識や経験が得られます。じっくり研究に取り組む中で、論理的思考力も身につけられる環境です。私も忙しい日々の中で学生と共に研究を進めていますが、学生たちは真面目で賢く、私自身も多くの学びを得ています。新しい発見の面白さを共有しながら、皆さんと一緒に研究できることを楽しみにしています。


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